2010年2月、1月




天国に一番近い競馬場 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月26日(金)18時37分5秒  返信・引用  

他にもいくつかあるんですね。
http://newcaledonia.jp/br/info/post_51.html
http://topics.philotours.com/category/312607-1.html
なかなか面白そう。

故郷でやっかみ受けますか・・・。
八百長報道の件といい、はみ出し者には冷たい世の中だったということですか。
せめて業績に正当な評価を下してあげないと、あの世の故人も浮かばれませんね。    
 



競馬はやってないみたい 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月26日(金)03時05分44秒  返信・引用  

ですね、その様子じゃ。

一方こちらは昔私が行った時は荒れ放題で、とても競馬なんかできそうに
思えなかったんですが、今では観光資源の一つにもなってるみたいです。
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&ll=-22.299778,166.450746&spn=0.00947,0.008841&t=k&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,0 
http://newfiesinnoumea.blogspot.com/

先日道川満彦騎手の位牌に手を合わせてきました。
母堂のお話しではシンガポール行きには反対だったそうで、活躍が伝えられても
褒める者は誰もおらん、稼ぎよったなとやっかむ者ばかり、何もええことはない
とのことでした。田舎の人の心情はそうなのかもしれません。    
 



ここですか 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月19日(金)20時17分13秒  返信・引用  

http://www.clubhipicopuntaarenas.cl/
立派な施設ですね。
写真見る限り馬術がメインですか。競馬は休止中かな?

色々検索してみましたが、「世界最南の××」ってのは
大概プンタ・アレーナスにあるんじゃないかという気がしました。    
 



その写真の地図を 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月19日(金)03時34分39秒  返信・引用  

ずーっとドラッグしていくと、ここに世界最南端の競馬場がありますね。
http://maps.google.com/maps?hl=ja&lr=&ie=UTF8&oe=UTF-8&t=h&ll=-53.147414,-70.891514&spn=0.012277,0.017681&z=15 

この町へは行ったのですよ。子供の頃最初に読んだ偉人伝がマゼランだったので
マゼラン海峡を見に行ったわけです。鏡のように静かな水面でした。ペンギンの
営巣地を見たりもしましたが、その時は競馬場があるなんて知らなくて。残念!    
 



パドック 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 2月19日(金)02時26分49秒  返信・引用  

そうですね。ナイスな写真です。便利な世の中になりました。  
 



↓中央に見える 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月18日(木)07時55分28秒  返信・引用  

長方形の部分でしょうかね。

諸々解説ありがとうございます。
競馬史サイト、いい感じの味わいが滲み出てますね。
完成が楽しみ。 
http://maps.google.com/maps?hl=ja&lr=&ie=UTF8&oe=UTF-8&ll=-34.841686,-56.142964&spn=0.002109,0.00346&t=h&z=18
   
 


パドックは 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 2月17日(水)23時43分7秒  返信・引用  

メインスタンドと第2スタンドの間にあります。
パドックで下見させた後、馬はゴール線の正面、コミッションの建物の前の
ウィナーズサークルとしても使用されるミニパドックみたいな場所に移され、
騎手はそこで騎乗しコースへ出ていきます。
まぁスタンド裏は狭いです。すぐ道路です。だからよけい横に長く感じますね。    
 



マローニャスって 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月17日(水)22時05分52秒  返信・引用  

パドックはどこにあるんですかね。
スタンド裏はすぐ道路だったような気がしますけど。    
 



ラティノ 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 2月17日(水)21時28分31秒  返信・引用 編集済  

へのアルゼンチンとブラジルの関心はかなり低下しています。
というか、海外遠征には無関心に近くなりつつあります。
理由は、商品価値の低下を避けるためです。
アルゼンチンとブラジルは国内で成績を出せば、まず海外からオファーが来ます。
下手に遠征して大敗しては、高く売れる馬も売れなくなってしまうからです。
これはアルゼンチンの馬主は自ら所有したままドバイなどの国際招待競走に
出走させないことと同じ理由です。彼らは名誉は欲していないそうです。
名誉を求めるような古い価値観を持つ馬主・生産者はアルゼンチンにはもういないと、
バカシオンのディレクターは言っていました。
結局、2流どころしか遠征しなくなっちゃうのですよ。
ペルーが海外遠征に熱心なのは、国内の賞金が安いことと、
海外へ売却するためのアピールも強いかな~~。
でもペルーやウルグアイ、ブラジルでは、まだ名誉を重んじる馬主がいるほう。
ウルグアイではアルゼンチン競馬との違いをこう言います。
「ウルグアイの競馬ファンは競走馬の名前を呼んで応援するが、
アルゼンチンの競馬ファンは騎手の名を呼んで応援する」と。
つまり、ウルグアイ人は純粋に競馬が好きだが、
アルゼンチン人にとって競馬はギャンブルにすぎないという意味です。

まぁ、アルゼンチンにおける娯楽としての競馬の地位低下は尋常ではありません。
理由としては、アルゼンチン競馬のイニシアチブをとる人物がいないということです。
政府は競馬振興を応援する用意はあると言っているそうですが
各組織(競馬場・生産者協会・馬主協会・セリ会社)が乱立し、
各々が既得権益にしがみ付いて離そうせず難しいそうです。
せめてパレルモとサンイシドロの上に、コミッショナーのような人物を
置ければ理想的なのですが、営利会社のパレルモとクラブ運営のサンイシドロとでは、
それもなかなか難しいと言っていました。
でも以前よりはパレルモとサンイシドロの関係は改善されて、共同でアルゼンチン競馬を
盛り上げていこうという機運は高まっているそうです。    
 



おそらく 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 2月17日(水)21時02分51秒  返信・引用 編集済  

カーブは400M強なのでちょうど中山のダートコースのカーブと同じくらいかな。
マローニャスって元々は1周1750Mのコースだったのです。
最初のメインスタンドは、現在もっとも最終コーナーに近い位置にあるスタンドでした。
ゴール線もそちら側に寄っていて、19世紀当時は2000Mのレースの際は、
時計が測定できない環境でした。
確か1910年に現在のメインスタンドが建設されたのですが、
そのころにコースも拡張され直線が長くなり、第1・2コーナー側が移動され
横長のコースになったのではと推測しています。ちょっと調べてみます。

どうでも良い話ですが、ファレーロとマルドッティが喧嘩別れした時に、
両者と専属契約をしていたバカシオン牧場はどちらかを選ぶことを余儀なくされて
結局ファレーロを選んだそうです。この選択は成功だったとバカシオンは言っていました。
ちなみにファレーロの娘が若手騎手と付き合っています(確かロベルト・アルサメンディ)。
結婚しそうな感じだそうで、血統的裏付けもあることだし、もし男の子が生まれたら、
バカシオンが専属契約して幼少のころから英才教育をするみたいだ、
なんていう冗談も現地では聞かれました。
南米ではあまり騎手の子供が騎手を目指すケースは多くないですね。
そうそうバルディビエソの息子は騎手を目指さず、今はタラベラーノのエージェントをしています。
サンイシドロの調教場で父親と一緒に見かけました。    
 



ペル×(ペル×トロ) 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月17日(水)19時59分0秒  返信・引用  

何らかの意図があったんですかね。
新たな品種を考えていたとか。

Counterplot の方は母を修正しておきました。
削除した方がいいような気もしますけど…。
http://www.pedigreequery.com/counterplot3

マローニャスはかなり横長の楕円形コースですよね。
レース映像見る限りではコーナーのきつさは判断難しいですけど、
3コーナーに入ってから4コーナー抜けきるまでが時間的に
かなり早いんじゃないかという印象はあります。    
 



アメリカンエクリプスと 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月16日(火)22時50分34秒  返信・引用  

ヤングロンプは父が同じで母が全姉妹なんですね。すごいなあ。

前者説は血統の権威によるもの、後者説は調教師談のようですから、
おそらく前者が当時一般に流布していて、後者が「実は・・・」なのでは
ないでしょうか。米ジョッキークラブ刊 "Racing in America" が後者説で
書かれているので、そちらが一般化したのだろうと思います。

北海道庁種畜場の繁殖記録にはこんな馬もいますよ。
内洋・墨染 青毛 明治23年生
父ペル・シユペルプ 母トロ・巴里
明29 牝 第二墨染 父ペル・シユペルプ
 30 牡 芳寿   父ペル・シユペルプ
 31 牝 花泉   父ペル・シユペルプ    
 



しかしこれ 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月16日(火)21時50分35秒  返信・引用  

よく見ると、母 Henry Mare だと物凄い近交なんですね。

こちらも後者の説を採用してるようです。
http://www.bloodlines.net/TB/Families/Family3a.htm
確かこの分野の研究家ってアメリカに多いんですよね。
今後新事実が発掘される可能性も十二分にあろうかと。

デルマの方は Brawner's Eclipse のコメント欄に手を加えようとしましたが
上手くいきませんでした。

同一馬が Counterplot としても登録されてますが、
こちらの母の血統は両説が混同されて大変なことになってます。
http://www.pedigreequery.com/counterplot3
産駒の登録も無いようですし、思い切って削除した方がいいですかな。    
 



1周2050で直線550って 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月16日(火)18時54分32秒  返信・引用  

カーブがきつそうな印象ですけどそうでもないのかな。

ところでデルマに登録されたジエービーフエルグーソンの血統表を見ていて、
何か変だな、私が調べたのと違うと思ったのですが、アメリカ血統書第1巻を
見るとスゴイことが書いてありました。鷹揚なものですけど。

COUNTERPLOT (called generally Brawner's Eclipse),
h., foaled 1839, bred by -; owned by John Harris, Esq., Franklin County, Ky.
By American Eclipse.
1st dam by John Henry.            5th dam by imported Obscurity.
2nd dam by Harris' Paragon.       6th dam by imported Figure.
3rd dam by imported Buzzard.      7th dam by Slamerkin by imported Wildair.
4th dam by Hampton's Paragon.     8th dam imported Cub mare.
Another version of this pedigree is that he was out of mare by Henry,
taken to Kentucky by Wm. Dodd with American Eclipse.
2nd dam by Duroc.               4th dam Constable's imported mare by Pot 8-o's.
3rd dam by imported Messenger.
If this be true, the Henry mare was out of Young Romp.
The first pedigree is gives upon authority of Capt. John A. Holton;
the latter (R.S. Wooding's) who trained him.

ジョンヘンリーメアもヘンリーメアも繁殖記録は載っていません。ジョンヘンリーが
1827年生なのでジョンヘンリーメアは1931~35年生まれと考えられます。
ROMP(young)は1834年に父ヘンリーの栗毛の牝馬を産んでいます。    
 



拝読しました 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月15日(月)20時34分6秒  返信・引用  

Rei do Rock はそういう事情でしたか。
ムニシパルで期待したいですが、まぁなかなか厳しそうですね。

また何かありましたら、些細なことでも結構ですので告知お願いいたします。
ブックも最近はネットで内容確認して、興味ある時だけ購入しているもので、
うっかり買い逃しという事態も十分有り得ます。

「ラティノ」はダービーをスキップしてここに絞った Belle Watling が
これで大本命になりますね。
しかしそれにしても参加各国の熱意が違いすぎます。
地元チリを別にすると、
ペルー>>>>>>>>>>>>>>>>>ウルグアイ>>>アルゼンチン>ブラジル
この位は温度差あるかと。
(力の劣る)ペルー馬にとって十分手の届く「国際タイトル」と
いう事情もあるのでしょうが・・・。  
 



残念 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 2月14日(日)23時59分2秒  返信・引用  

Last Impact引退ですか。ラティノの出走馬も出揃い、
本命だろうなと思っていたのですが。。。通算28勝は近年の状況を考えれば大記録ですね。

明日、観戦記が掲載されます。報告しておきます。    
 



コウラクエン 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月11日(木)22時59分59秒  返信・引用  

9歳での勝利が確認できますね。
産駒との親子対決の可能性すらあったのでしょう。

地図を見ると「カルメット」って地名にもなってるようですが、
wiki によれば元々はライト氏の本業の会社名から来てるんですね。    
 



トーピードの他では 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月10日(水)23時27分43秒  返信・引用  

ビージエー、アミチ、ダーンヴアレーあたりが戦後の代表的種牡馬でしょうか。
種牡馬ウルリツクスペンサー兼競走馬コウラクエンなんてのもいました。
カルメットの西に見える競馬場がキーンランドですね。
トニツクなんかを持ってきたというジャック・キーンの牧場跡地です。

サ系・ライハルオンの母の父 Cardinal Beaufort です。よろしく。    
 


なるほど 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月10日(水)19時24分32秒  返信・引用  

もし繋駕競走が廃れていなければ、この国におけるスタンダードブレッド血統は
トーピードが幅を利かせていたのかもしれませんね。

カルメットの航空写真すごいですね。
周辺との芝色の違いが一目瞭然。    
 



父が同じで 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月10日(水)02時01分0秒  返信・引用  

マッキニーのクロスがあって母方の近い世代にピーターザグレートがいる。
トーピードってよく血統を研究して輸入したんですね。

カルメットはもともとウイリアム・ライト氏が作った速歩馬の牧場で
http://www.allbreedpedigree.com/calumet+butler
この馬がダービーに当たるハンブルトニアントロットを勝ったようです。
息子のウォーレン・ライト氏は速歩に興味がなくてサラの牧場にしちゃったと。

http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&ll=38.0512,-84.589233&spn=0.064479,0.071239&t=h&z=13&brcurrent=3,0x0:0x0,0 
この地図の60の上、4の左に広がる緑の平行四辺形がカルメットですね。
60の下は昔N・B・ハント氏のブルーグラス・ファームでした。    
 



トーピードつながりですね 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月 9日(火)22時00分39秒  返信・引用  

カツトビやらダーネルファイブやらの父トーピードですが、
これ結構な血統なんですかね。門外漢ゆえ推測すら難しいのですが。
http://www.allbreedpedigree.com/torpedo13
Guy Abbey(カルメット生産!)は名馬 Greyhound の父でもあるんですね・・・
http://www.allbreedpedigree.com/greyhound5    
 



ひらがなで「うきがん」です。 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月 9日(火)20時42分52秒  返信・引用  

うきがんの母はアノ系・キツシヨウノ一。
どうしてこんな名前になったのか謎ですね。
競走名でない繁殖牝馬の名には意味不明のものが多い気がします。

全く関係ありませんがダーネルスリー(Darnell's Lee)の子に
ダーネルフオー、ダーネルフアイブ、ダーネルシツクスなんてのがいました。    
 


お気持ちよくわかります 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月 9日(火)18時06分42秒  返信・引用  

スケールが小さければ似たような経験も・・・。

半血カツトビの母はひらがなで「うきがん」なのですか?    
 



ありゃりゃ・・・ 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月 9日(火)00時33分17秒  返信・引用  

軽登協で北海道庁種畜場の繁殖記録を見つけた時は天にも昇る心地でしたが。

ハクニー血統書を調べるために大英図書館に行ったことがありました。
今の図書館じゃなくて大英博物館の中に閲覧室があった時代のことです。
蔵書は別の所にあったので申請して本が出てくるのは翌々日でした。

JRAでハクニー血統書を発見。全然嬉しくない。我ながら器が小さいです。    
 



なるほど 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 2月 4日(木)19時56分48秒  返信・引用  

年代からして*ヘイデンマークは Gaines Denmark の直仔か三代目の
どちらかでしょうね。
仮に*ヘイデンマークと*デンマークがどちらもサドルブレッドだったとしたら、
両者の間に生まれた定山もサドルブレッドだったわけですね。
登録機関がないので無意味な詮索かもしれませんが、
本邦初のサドルブレッド生産馬はこの馬だったのかもしれません。  
 



マークダイアモンドは 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 2月 4日(木)03時57分49秒  返信・引用  

トロッターじゃなくてサドルブレッド(アメリカンサドルホース)だったわけですが、
『北海道立種畜場沿革史』によれば当時輸入された馬は乗用種牝馬一頭、同牡馬三頭、
農用種牝馬六頭、同牡馬二頭で、サラブレッドともトロッターとも書いていない。乗用
種をトロッターとしたのは後の判断だったのではないかという疑問が湧いてきました。

『沿革史』を再読すると、明治27年に「本場において種類を一定させることに努め、
本年以降牛は純粋短角、純粋アイシャの二種、馬は乗用(トロッター種)、農用(ペル
シュロン)の二種とし」という記述があり、これを私は従来この年以降の繁殖方針だと
解していたのですが、どうやらそうではなく、供用中の種牡馬や繁殖牝馬を実際の品種
とは関係なくトロッターとペルシュロンに分類したような感じです。

血統不詳のデンマークですが、アメリカにデンマークという馬がいて、その系統なのだ
ろうという推測はつきます。調べてみるとサラブレッドにもトロッターにもデンマーク
という馬はいるけれど、どうもあまり大したことはない。ところがサドルホース協会の
サイトをくぐってみたら驚きで、この品種の初期には大半の馬がこの

http://www.allbreedpedigree.com/gaines+denmark

ゲイン氏のデンマークの系統だったようなのです。サラブレッドにおけるエクリプスや
スタンダードブレッドにおけるハンブルトニアンに相当する開闢の始祖と思われます。
デンマークはおそらくサドルブレッドだったのでしょう。謎の種牡馬ヘイデンマークも
ゲインズデンマークが訛ったもので、その子孫を名乗ったのだと考えられます。  
 



更新しておきました 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月27日(水)20時45分48秒  返信・引用  

加藤騎手情報ありがとうございます。
やはりその類の話でしたか。
しかしまだ現役とは恐れ入ります。還暦間近ですもんね。

「歩み」の訂正箇所のうち、毛色はあまり熱心にチェックしてないのですが、
軽種馬登録協会のDBと違っていた場合は一応記載してあります。
協会側が間違っている可能性もありますので、一応ご承知おきください。    
 



昭和46年に兵庫県で 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月27日(水)20時09分43秒  返信・引用  

騎手17人が追放される大規模な八百長事件があったんですよ。
加藤騎手は当時19歳、キャリア3年。あの頃の園田は大規模に
ノミヤをやってた酒梅組に手を焼いてました。またそれとは別に
独立した博徒だった大馬主もいましたし、難しい所でした。
今も現役のようで、園田時代から通算すれば43年目ですね。
QH競馬もさかんな土地ですからサラと合わせて2千勝してるかも。

クインスタイルの母は半血・第三高風、その父はアノ(仏)フリールト
高超という馬はいなくて、2代母が高起のようです。    
 



おつかれさまでした 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月26日(火)20時35分29秒  返信・引用  

やることが山積みでしょうけど、ひとまずはごゆっくりしてください。

土屋薫騎手はネットで色々出てきますが、加藤昭文騎手は何をして
追放されたんでしょうか?
しかし35年以上というのは結構なキャリアですね。    
 



とりあえず 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月26日(火)08時26分44秒  返信・引用  

帰国しました。後ほどまた報告します。    
 



ありがとうございます。 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月25日(月)23時17分21秒  返信・引用  

全然関係ないんですけど、土屋薫騎手アメリカで265勝してますね。
主戦場がケンタッキーだから大したものです。ステークスも2勝。

で、ついでに気がついたのが加藤昭文騎手。アリゾナ中心にワシントンとか
カリフォルニアのフェアなんかで35年以上乗って1900勝超えてます。
競馬関与禁止処分を受けたので今なら外国で免許を取ることもできませんが
昔は地方競馬の処分情報が外国に流れることもなかったですからね。全くの
新人としてアプレンティスから始めてます。    
 



とりあえず 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月25日(月)21時47分39秒  返信・引用  

Larkspur *ジエービーフエルグーソン
http://www.pedigreequery.com/larkspur5
Belle St. Joe
http://www.pedigreequery.com/belle+st+joe
は登録しました。
all breed の Belle of St. Joe はよく見ると、母が父の母として
誤登録されてるんですね。デルマとはちょっと仕様が違うというか
若干勝手が違うので、修正・新規登録( Bob Akers )は控えておきます。
なんか修正に失敗したら大事になりそうな感じがしまして・・・。    
 



Bob Akers, b. 1875 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月25日(月)21時08分21秒  返信・引用  

            Justin Morgan, b. 1789
        Sherman Morgan, ch. 1809
            Chestnut Pacing Mare
    Black Hawk, bl. 1833
        Small Black Mare, pedigree unknown
Ethan Allen, b. 1849
        unknown (believer to be a Messenger)
    Small Grey Mare
        unknown
            Altorf, b. 1835
        St. Louis, gr. 1842
            Fleta, gr. 1833
    Saint Jo, gr. 1859
            Wagner, ch. 1834
        Wagner Mare
            Whipster Mare
Belle St. Joe, ch. 1864
            Leviathan, ch. 1823
        Tom Watson, b. 1838
            Morgiana, gr. 1824
    Julia Ann, b. 1846
            Medoc, ch.1829
        Mirth, b. 1838
            Lucy Alexander, b. 18--    
 



マークダイアモンドという馬は 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月25日(月)20時20分22秒  返信・引用  

サラブレッドにもトロッターにもいません。これですね。
http://www.allbreedpedigree.com/mark+diamond

ジエービーフエルグーソンの米国名は Larkspur です。
J・B・ファーガソン夫人の所有馬でした。

恥ずかしながらホツプエークルスの血統は訂正する必要があります。
母はサラブレッドの Belle St. Joe で間違いありません。
その父は St. Joe と書いてありますが、種牡馬一覧では Saint Jo となっています。
all breed DB に登録した人は速歩関係の人なんでしょうけど
Belle St. Joe 自身が速歩でスタンダードを出した記録はありません。

間違っていたのは父です。19世紀米国は同名馬のオンパレードでして、
私が目星をつけたのは (Drury's) Ethan Allen と呼ばれる馬でしたが、
この馬はヴァーモント州で産まれ(父がヴァーモントのブラックホークなので
これだと思ったのですが)、アイオワ州を経てイリノイ州で死んでいました。
ところが Belle St. Joe が繁殖されたのはカンザス州なのです。

カンザス州で供用されたイーサンアレンもヴァーモントのブラックホークの子で
母は a small grey mare、その父はメッセンジャーの家系と書かれています。
Ethan Allen, Black Hawk, Sherman Morgan についてはモーガンホース協会方面
から新資料が出て all breed DB に提供されている可能性もありますが、
次の投稿ではあくまでスタンダードブレッドの登録情報を基に血統を書きます。    
 



JPFの父 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月24日(日)10時31分9秒  返信・引用  

Longfellow は米国のLSですか。
ロングへローという馬が輸入されていたとしても同名異馬でしょうね。


初蕾 牡 1889 鹿 / Eclipse 系  (クロス 6代表示)
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     Leamington        Faugh-a-Ballagh   Sir Hercules      - Guiccioli          11-d
   Longfellow           1853 黒鹿      Pantaloon Mare    Pantaloon         - Daphne             14
      1867           Nantura           Counterplot       American Eclipse  - John Henry Mare    3-a
*ジェービーフェルグソン 1855           Quiz              Bertrand          - Lady Fortune       A14
  1883 黒鹿          Tipperary         Ringgold          Boston            - Flirtilla          4-r
   Oleander             1861           Roxana            Chesterfield      - Levia              A5
      1868           Olio              Oliver            Wagner            - Flight (F2)        2-a
                        1853           Isola             Bertrand          - Susette            A24
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     Ethan Allen       Black Hawk (VermonSherman Morgan    - Small Black Mare
   *ポップエークルス    1848 鹿        Daughter of TippooTippoo Saib       - ???
      1875 鹿        Belle St. Joe     Saint Jo          St. Louis         - ???
ワシントン         _    1864 栗        Julia Ann         Tom Watson        - Mirth
  1882 栗            ???               ???               ???               - ???
   *飛花                               ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
                                       ???               ???               - ???
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
  Bertrand  1821  :      5 * 5      :   6.250%
  Duroc     1806  :          6 x 6  :   3.125%
  Sir Archy 1805  :  6 * 6 * 6      :   4.688%
  Leviathan 1823  :          6 x 6  :   3.125%
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                                         SireLine for Windows Ver1.50 - Build 496

all breed DB に登録されている馬でポップエークルスの母らしいのはこれですか。
http://www.allbreedpedigree.com/belle+of+st+joe
Ethan Allen らしき馬は生年やら牝系やら微妙に違ってますが・・・。
http://www.allbreedpedigree.com/ethan+allen  
 



間違ってるのは私の方で 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月24日(日)04時47分50秒  返信・引用  

適当なことを書いてました。ブラツクホークは新冠御料牧場が明治13年に輸入して
28年まで同場で供用し、その後31年に死ぬまで下総御料牧場で供用されました。
北海道庁種畜場の種牡馬名簿(なぜか輸入馬のみ)に明治20年供用と書いてあり、
この年だけ借りたのでしょう。するともう1頭の種牡馬はヘーデンマークということ
になります。何らかの事情で20年には供用できず、21年だけ供用したものかと。
あるいは供用されなかったけれど実際にロングヘローという馬が輸入されたのかも。
なにしろJPF500弗、第二MD255弗、この馬800弗ですから。

ロングヘローはジエーピーフエルグーソンの父ですね。『優駿のふるさと日高』には

第二「マーク・ダイアモンド」の父「マーク・ダイアモンド」とあり、
なぜか父の父は不詳で父の母「グレツプラックウイリエム」とあって、
父の母の父「ギルトネルス、ハイランド」、父の母の母ポイップです。

初蕾の父「ジェー・ヒーフエルグーソン」、母華盛頓
父の父「ロングヘロー」、父の母「ヲルアンドル」
父の母の父「チップラリー」、父の母の母「ヲリチ」
母の父「ポップエークルス」、母の母飛花

という血統表があります。月曜にでも調べてみましょう。

第二墨染は繁殖に供用されて6頭の子を産んでます。その中に
40 青 牡 飛駿 父ペル・第九シユペルプ
45 青 牝 泰秀 父ペル・第九シユペルプ
がいます。第九シユペルプの母はペル(米)フレドンヌです。    
 



失礼いたしました 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月23日(土)22時41分40秒  返信・引用  

もしかしたら同時期に閲覧した「蹄跡」の方だったかもしれませんが、
おそらくはメモのとり間違いだったのかと。
第二MDの父も間違ってましたしね。お詫びいたします。

岩見 牝 1891 鹿 / - 系  (クロス 6代表示)
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     ???               ???               ???               - ???
   ロングフェロー                      ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
*第二マークダイアモンド                ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
   ???                                 ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
                                       ???               ???               - ???
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     ???               ???               ???               - ???
   ???                                 ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
*デンマーク        _                   ???               ???               - ???
  1881 黒鹿          ???               ???               ???               - ???
   ???                                 ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
                                       ???               ???               - ???
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*デンマーク (USA) 1881 牝 黒鹿 / FNo. / - 系

  牝系図
    [ *デンマーク ( 1881 牝 黒鹿 ??? ) ]
    | 真駒内 ( 1887 牝 青 ??? )
    | 雄張 ( 1888 牡 鹿 *ジェービーフェルグソン )
    | 定山 ( 1889 牡 黒鹿 *へーデンマーク )
    | 岩見 ( 1891 牝 鹿 *第二マークダイアモンド )
    | | 瑞晃 ( 1895 牡 鹿 初蕾 )
    | | 第四ポップエークルス ( 1896 牡 鹿 *ポップエークルス )
    | | 第七ポップエークルス ( 1897 牡 鹿 *ポップエークルス )
    | | 第八ポップエークルス ( 1898 牡 鹿 *ポップエークルス )
    | | 山百合 ( 1899 牝 栗 *ポップエークルス )
    | | 初薄 ( 1900 牝 栗 *ポップエークルス )
    | | 玉舟 ( 1901 牝 鹿 初蕾 )
    | | 香快 ( 1902 牝 鹿 第五ポップエークルス )
    | | 第三奔星 ( 1903 牡 栗 奔星 )
    | | 第二岩見 ( 1904 牝 鹿 *ベーベル )
    | | 第八ベーベル ( 1905 牡 鹿 *ベーベル )
    | | 第三ラピアス ( 1906 牡 鹿 *ラピアス )
    | | 第三隆英 ( 1907 牡 鹿 隆英 )
    | | 新野 ( 1908 牡 鹿 第三ジョンアール )
    | | 第三岩見 ( 1909 牝 鹿 *モルモン )
    | | 第四十一カルマ ( 1910 牡 鹿 *カルマ )
    | | 第四岩見 ( 1911 牝 鹿 隆英 )
    | | 第九オメール ( 1912 牡 鹿 *オメール )
    | | 第四アンテリューム ( 1913 牡 鹿 *アンテリューム )
    | | 第五岩見 ( 1914 牝 栗 *モルモン )
    | 第四ダイアモンド ( 1893 牡 鹿 *第二マークダイアモンド )
    | 第七ダイアモンド ( 1894 牡 *第二マークダイアモンド )
    | 瑞 ( 1895 牡 初蕾 )
    | 第二デンマーク ( 1897 牝 鹿 *ポップエークルス )
    | 初雁 ( 1900 牡 青 第五ポップエークルス )
-------------------------------------------------------------
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ブラックホークは供用1年ですか。
ということは産駒は全て明治21年生まれと判断して差し支えなさそうですね。

ペル3/4・トロ1/4でシユペルプ1×2となる墨染の仔ども達って
使役目的で生産されたということでしょうか。
健康問題とか考慮しないものだったのかな・・・。    
 



やっぱり出てない。 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月23日(土)21時45分24秒  返信・引用  

機種依存文字なんですね。「日+章」です。    
 



瑞って何だ?と思ったら 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月23日(土)21時44分9秒  返信・引用  

瑞が出てなかったんですね。

『優駿のふるさと日高』はわが家にもありますがデンマークの父は書いてないような。
同書には一緒に輸入された種牡馬としてJPF、第二MDと共にロングヘローの名前が
上がってますが、間違いです。第二マークダイアモンドの父がロングフェローですし。
もう1頭の輸入馬はブラツクホークでした。1年しか供用されてませんが。その代替に
輸入されたのがヘーデンマークでした。これも供用1年で死んだみたいです。

こんな馬もいました。
半血・墨染 青毛 明23 父ペル(仏)シユペルプ 母トロ(米)巴里
 29 牝 第二墨染 父ペル(仏)シユペルプ
 30 牡 芳寿   父ペル(仏)シユペルプ
 31 牝 花泉   父ペル(仏)シユペルプ    
 



おそらく、ですが 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月23日(土)19時58分23秒  返信・引用  

「優駿のふるさと日高」だったのではないかと思います。
こちらの近場で同書を閲覧できないので、JRA図書館でもご訪問の際に
ご確認頂ければと思います。
間違ってメモった可能性もありますので、その際は平にご容赦を・・・。

*デンマーク産駒に「瑞曄」というのも同書から拾った情報だったかもしれません。
もしかして「トロ系・瑞」と同じ馬のことでしょうかね。    
 



デンマークの父が 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月23日(土)19時10分53秒  返信・引用  

マークダイアモンドだという話はどこに書いてありましたっけ。
恥ずかしながら思い出せないのです。北海道庁種畜場の記録では

トロ(米)デンマーク 黒鹿毛 1881年生 血統記入なし
明治19年11月輸入 明治34年6月2日死亡
20 青  牝 トロ・真駒内      父不詳
21 鹿  牡 トロ・雄張       父サラ(米)ヂエービーフエルグーソン
22 黒鹿 牡 トロ・定山       父トロ(米)ヘーデンマーク?
24 鹿  牝 トロ・岩見       父トロ(米)第二マークダイアモンド
26 鹿  牡 トロ・第四ダイアモンド 父トロ(米)第二マークダイアモンド
27    牡 トロ・第七ダイアモンド 父トロ(米)第二マークダイアモンド
28    牡 トロ系・瑞      父半血・初蕾
30 鹿  牝 トロ・第二デンマーク  父トロ(米)ポツプエークルス
33 青  牡 トロ系・初雁      父トロ系・第五ポツプエークルス

ヘーデンマークという名はここにしか出てこないので何らかの錯誤でしょうね。
2つ下の投稿の第九オメールと第四アンテリユームの品種は半血に訂正します。
本来はアノ×トロ=アノでしたが戦時中の改定で中半血種になりました。    
 



繁殖記録残存ですか 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月23日(土)07時48分5秒  返信・引用  

岩見 1891 牝 鹿 / FNo. / - 系
  父 - *第二マークダイアモンド (USA) 牡 / FNo. / - 系
  母 - *デンマーク (USA) 1881 牝 黒鹿 / FNo. / - 系

  牝系図
   *デンマーク ( 1881 牝 黒鹿 マークダイアモンド )
    | 瑞曄 ( 牝 ??? )
    | 定山 ( 牡 ??? )
    | [ 岩見 ( 1891 牝 鹿 *第二マークダイアモンド ) ]
      | 瑞晃 ( 1895 牡 鹿 初蕾 )
      | 第四ポップエークルス ( 1896 牡 鹿 *ホップエークルス )
      | 第七ポップエークルス ( 1897 牡 鹿 *ホップエークルス )
      | 第八ポップエークルス ( 1898 牡 鹿 *ホップエークルス )
      | 山百合 ( 1899 牝 栗 *ホップエークルス )
      | 初薄 ( 1900 牝 栗 *ホップエークルス )
      | 玉舟 ( 1901 牝 鹿 初蕾 )
      | 香快 ( 1902 牝 鹿 第五ポツプエークルス )
      | 第三奔星 ( 1903 牡 栗 奔星 )
      | 第二岩見 ( 1904 牝 鹿 *ベーベル )
      | 第八ベーベル ( 1905 牡 鹿 *ベーベル )
      | 第三ラピアス ( 1906 牡 鹿 *ラピアス )
      | 第三隆英 ( 1907 牡 鹿 隆英 )
      | 新野 ( 1908 牡 鹿 第三ジョンアール )
      | 第三岩見 ( 1909 牝 鹿 *モルモン )
      | 第四十一カルマ ( 1910 牡 鹿 *カルマ )
      | 第四岩見 ( 1911 牝 鹿 隆英 )
      | 第九オメール ( 1912 牡 鹿 *オメール )
      | 第四アンテリューム ( 1913 牡 鹿 *アンテリューム )
      | 第五岩見 ( 1914 牝 栗 *モルモン )
-------------------------------------------------------------
                  SireLine for Windows  Ver 1.50 - Build 496


奔星は初蕾あたりと兄弟だったかもしれませんね。
飛花の系統には名前が綺麗な馬が多いんで・・・。


前にも書いたような気もしますが、岩見はマークダイアモンドの2×2なのですかね?
当時のトロでは良くあることだったのかな。
(下の表では仕様上1×1になってしまっています)

岩見 牝 1891 鹿 / - 系  (クロス 6代表示)
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     ???               ???               ???               - ???
   マークダイアモンド                  ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
*第二マークダイアモンド                ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
   ???                                 ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
                                       ???               ???               - ???
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                     ???               ???               ???               - ???
   マークダイアモンド                  ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
*デンマーク        _                   ???               ???               - ???
  1881 黒鹿          ???               ???               ???               - ???
   ???                                 ???               ???               - ???
                     ???               ???               ???               - ???
                                       ???               ???               - ???
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
  *第二マークダイアモンド = *デンマーク       :  1 x 1  : 100.000%
-------------------- ----------------- ----------------- --------------------------
                                         SireLine for Windows Ver1.50 - Build 496      
 



当方も大発見です。 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月22日(金)22時33分18秒  返信・引用  

半分諦めていた北海道庁種畜場の記録が判明。中にこんな馬が。

トロ・岩見 鹿毛 牝 明治24年4月16日北海道庁種畜場生産
明治27年~大正3年同場で供用 大正8年4月28日同場で死亡
父トロ(米)第二マークダイアモンド 母トロ(米)デンマーク
28.3.25 鹿 牡 トロ系・瑞晃        父半血・初蕾
29.5. 4 鹿 牡 トロ・第四ポツプエークルス 父トロ(米)ポツプエークルス
30.5. 4 鹿 牡 トロ・第七ポツプエークルス 父トロ(米)ポツプエークルス
31.5.11 鹿 牡 トロ・第八ポツプエークルス 父トロ(米)ポツプエークルス
32.5.18 栗 牝 トロ・山百合        父トロ(米)ポツプエークルス
33.5. 9 栗 牝 トロ・初薄         父トロ(米)ポツプエークルス
34.5.16 鹿 牝 トロ系・玉舟        父半血・初蕾
35.5.21 鹿 牝 トロ系・香快        父トロ系・第五ポツプエークルス
36.6.23 栗 牡 トロ?・第三奔星      父トロ?・奔星
37.6. 5 鹿 牝 トロ・第二岩見       父トロ(米)ベーベル
38.5.30 鹿 牡 トロ・第八ベーベル     父トロ(米)ベーベル
39.5.19 鹿 牡 トロ・第三ラピアス     父サラ(米)ラピアス
40.5.28 鹿 牡 半血・第三隆英       父半血・隆英
41.5.17 鹿 牡 トロ系・新野        父トロ系・第三ジヨンアール
42.5.15 鹿 牝 トロ・第三岩見       父サラ(米)モルモン
43.5.29 鹿 牡 トロ・第四十一カルマ    父サラ(英)カルマ
44.5.14 鹿 牝 半血・第四岩見       父半血・隆英
45.6. 4 鹿 牡 アノ・第九オメール     父アノ(仏)オメール
 2.5.22 鹿 牡 アノ・第四アンテリユーム  父アノ(仏)アンテリユーム
 3.5.14 栗 牝 トロ・第五岩見       父サラ(米)モルモン

長子から末子まで20年連続出産です。
品種は現在の知識によるものでトロ系や半血と書いたものは原資料ではすべてトロです。
道庁では飛花をトロにしていたので子孫は全部純血のトロ繁殖だと思っていたのですね。
奔星は同場産ではなく新冠の名簿にも見えないのでおそらく七重産=飛花系かと。    
 



ご帰国近しですか 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月22日(金)21時06分19秒  返信・引用  

香港・シンガポールはまだしも、日本で南半球産馬はちょっと・・・ですかね。
現役じゃなくて繁殖方面でなら需要もあるかもしれませんが。

収穫満載だったようで、お土産話を伺うのが楽しみです。
どうかお気をつけてお帰りくださいまし。    
 



戻って来ました 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月22日(金)07時31分27秒  返信・引用  

モンテビデオに。
まぁ隠すことではないので報告しますが
アルゼンチンではアラス・バカシオンの招待を受けて諸々の施設を訪問してきました。
バカシオンと仕事をしている日本人の方がいます。まぁアジアマーケット開拓の一環です。
僕の招待は、とにかく他の牧場が僕と接触をもつ前に囲うことです。
僕は単なる競馬歴史家であり、マーケットとは全くつながりはないことは
事前に説明しましたが(まぁ課題に期待されても困るという内容です)、
まぁ南米競馬の関係者と持つ唯一の日本人であることは知られていたようで
そういう人物は他の牧場が接触を持つ前に、
とりあえず囲っておくという考えのようでした。

まぁ3牧場の1つということだけあってスゴイの一言です。
一晩、牧場に泊まってきましたよ。まぁスゴイ接待をされました。
サンイシドロの調教なども見学してきました。
バルディビエソもいましたし、ノリエガもいました。
ダニエル・エチェチューリにも会いました。
パレルモ競馬場ではインタラクションのガイタン・デシエ師にも会いましたよ。

資料調査のためアルゼンチンのスタッドブックのオフィスに行ったときは、
僕がサンイシドロの調教場でバカシオンの関係者を一緒にいたことは知れ渡っていました。

色々と話はあるのですが、帰国後報告します。  
 



ファレスとは 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月15日(金)20時08分40秒  返信・引用  

全く関係ありませんが、焼け太りで大きくなった商店・会社の噂は
幾らでも聞きますね。

マニア本に関してはお若い方にでも期待するしかないですか・・・。
自分みたいなネットの知ったかぶりじゃなくて、実地主義でやってくれる
身軽な立場の方、是非お願いします~。

LBさん、ブエノス移動ですね。
なにやらきな臭い匂いがしますが。乞うご期待ということで。    
 



なんだか 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月15日(金)09時04分57秒  返信・引用  

面白い話題がネタに上がっていますが、少々時間がないので参加でしません(泣)

ただいまとてもハードな調査をしていまして、
原稿を書くどころか寝る時間もないぐらいです。
でもスゴイ情報を多く入手しています。持ち帰る資料の量も半端ないです。
荷物の重さが気になります。バックをもう1つ買いました。

アルゼンチンの某大牧場の関係者(日本人)からお誘いを受けたので
土曜日からブエノスに行ってきます。
なんだか裏で日本も関係するプロジェクトが進行中です。

取り急ぎの報告でした。    
 



これは・・・ 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月15日(金)00時56分2秒  返信・引用  

火事と言えば競馬場の名物のようなものではありますが。

フェアグラウンズは厩舎も馬場も隣接するサイマルキャストセンターも無傷で
老朽化したスタンドだけが綺麗に焼け落ちて巨額の保険金が下りましたねえ。
モンマスパークでBCが行われた時はBC取材者用の臨時記者室が出来たのが
最上階から階段を上がった天井裏のような所でアスベストが剥き出しでした。

ブックの奴はトリニダードまでやったんですがベネズエラとエクアドルへまだ
行ったことがないのでずるずる引き延ばしてる内に連載自体が消滅しました。
南米・欧州・アジア・豪州あたり結構精力的に回ったんですが情報が古くなり
すぎましたから。最近はドバイも今年で最後にするつもりなくらい出無精で。    
 



世界の競馬場ガイド刊行希望 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月14日(木)21時48分26秒  返信・引用  

ブックの連載に最新事情を加味する感じで。
後半僅かしかスクラップしてないもので、密かに熱望しております。

ファレスはこんなことになってたのですか。
http://www.ktsm.com/news/juarez-racetrack-goes-up-in-flames

イチサチホマレ、戦った相手がビッグネーム揃いですね。中央地方問わず。
しかし最後の方は斤量が大変なことに・・・。    
 



これ1970年代初頭まで 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月14日(木)08時36分22秒  返信・引用  

走っていたらしいです。終点は競馬場ですね。私がファレスへ行ったのは
初めての海外旅行で1976年のこと。軌道を撤去した直後だったかも。
http://www.tramz.com/mx/cj/cjm.jpg

チンチン電車で国境越え。一度降りて検査を受けたんでしょうけど。
http://www.davesrailpix.com/elpaso/htm/elpaso155.htm

ところでイチサチホマレと言えば初めて収得賞金2千万円を超えた名馬で
資料編74頁にもあるように功成り名遂げて引退したはずだったんですが
1年後の昭和32年4月に岡山県と高知県で競走馬登録を受けてました。
こんなことは知りたくなかったですね。    
 



Out Of Mind 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月10日(日)08時29分51秒  返信・引用  

ウルグアイスタッドブックによれば、今のところ
07年産が10頭、08年産が8頭登録されてますね。
果たしてどこまでやれますか。 
http://www.pedigreequery.com/planchita
   
 


Out Of Place, Out Of Time 投稿者:GURU@偏屈爺  投稿日:2010年 1月 9日(土)21時23分20秒  返信・引用  

写真拝見しました。楽しみに読ませて頂いております。
もはやアメリカでもなかなか見られないセクレタリアトの直系が
目の前で重賞を勝つ(おまけに歓迎してくれた牧場産)というのも
ポイントが高いですね (*^_^*) 
http://www.pedigreequery.com/bombero3
   
 


国外向けアピールにも 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 9日(土)17時55分8秒  返信・引用  

随分と力が注がれていたようですから、巷で噂されているパート1復帰も
そう遠くない話なのかと。

これからはネット接続も物入りでしょう。ご無理なさらないで下さい。    
 



お恥ずかしいかぎりです 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 9日(土)07時53分51秒  返信・引用 編集済  

写真の中央に映っていますね。

通りすがりさんが訪れたころはちょうどウルグアイ経済が斜陽の時期でしょうかね。
今は好調なブラジルの影響を受けて、非常に経済は良好で物価も上がっています。
ゆったりとした雰囲気は変わりませんが、国内が活気づいている感があります。
今回のラミレスも「新しいショーが始まる!」をスローガンに
「過去の栄光を再び!」という言葉を随所におっしゃっていました。
そのための投資は惜しまないという意気込みで、
今回も諸々と新たな施設をオープンしたそうです。
ジョッキークラブ時代とは様変わりしたと思いますよ。


安宿に移ったので簡単にネットをする時間が取れなくなりました。
ちょっと書き込みが遅れます    
 



休止前の 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 8日(金)21時32分18秒  返信・引用  

マローニャスは世界競馬の桃源郷と呼ばれてました。グルのお言葉ですが。

チャットメタ、両方に(新)付けておきました。
(愛)チカリーとの整合性もありますし。
引き続きご注文などありましたら、ご遠慮なくお願いいたします。

LBさん、表彰式の動画は見当たらないのですが、写真ギャラリーに
ご登場なされてますね。主役扱いの構図になっております。  


 

↓ 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月 7日(木)23時09分17秒  返信・引用  

最後の1行は削除。間違いの方にも(新)がありましたね。    
 



シークレットな競馬とは 投稿者:通りすがり  投稿日:2010年 1月 7日(木)23時05分50秒  返信・引用  

面白い。昔のマローニャスだったらもっとでしょうね。

私はもう2度と行かないでしょうが、ゆったりした国でした。
今でもガウチョやカレータは健在なのかな・・・当然そうでしょう。
名曲「牛車に揺られて」はウルグアイのロミルド・リッソの詩に
ユパンキがメロディーを付けた大草原のミロンガなんですよね。
時間はあるのですから英気を養いながら仕事をなさって下さい。

「チヤツトメタ」は「(新)チヤツトメタ」でお願いします。    
 



おつかれさまでした 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 7日(木)20時29分30秒  返信・引用  

現場の空気がビンビン伝わってくるような取れたてレポありがとうございます。
取材に行かれて良かったですね。けしかけた方としても大変嬉しく思います。
データ本の出版計画もとうとう自己満足の次元を超えてしまったようですね。
プレッシャーもあるでしょうが、ある意味お墨付きを得たようなものですから(笑)

まずは一息おつきくださいませ。    
 



すばらしい 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 7日(木)12時56分37秒  返信・引用  

の一言です。すごいイベントでした。
これはその場にいないとわかりません。ホントにウルグアイのお祭りですよ。
南米各国の競馬関係者も終結。至るところで南米各国の知人の再会しました。
ロンスターパーク競馬場の会長も来場していまし、
アメリカからブラッドホースの記者も着ていましたね。

ちなみに僕はPineyruaのプレゼンターの一人に選ばれて表彰式に参加しました。
そのうち麻呂のHPに表彰式の動画がアップされると思いますが、
あやしい東洋人が僕です。
前日訪れたクラトロピエドラスの馬が初G1を制しとても感動的でした。
昨日案内してくれた牧場オーナーご夫妻に僕からお祝いの言葉をかけると
奥様のほうは涙を流して喜んでおりました。

レーシングポストのニコラス氏はこれまで20国以上の競馬場を
訪れているそうですが(その本も出版されている)、
ウルグアイの競馬を「シークレット」と連呼していましたよ。
「こんなすばらしい競馬がウルグアイで行われていることをヨーロッパでもアメリカでも
ほとんど知られていない!本当にシークレットな競馬だ!」だそうです。
彼もすっかりウルグアイ競馬のファンになっていました。

そうそうファレーロと会ってきましたよ。写真も撮りました。
あとラミレスのあとにオリベイラとも会いました。
スペイン語でおめでとうと声をかけたら喜んでくれました。
ちなみにオリベイラのニックネームがチーノ(東洋人)なので
僕と写真を撮ったときはチーノが東洋人と2ショットとして笑われましたよ(好意的に)。
あとマシエールとも写真を撮ってきました。5年前にも会っているのですが
僕のことを覚えてくれていました。
まぁ歴代のチャンピオン騎手とも交流が持て、最高の一日でしたね。
あと麻呂のお偉いさんらとは殆ど知り合いになりました。
僕のウルグアイ競馬史の知識は現地の人の想像を超えているようで、
みなさんに感謝され、大変にVIP待遇をしていただきました。
ウルグアイ人よりウルグアイの競馬史に詳しいとのことで
ぜひデータ本の完成を期待されてしまいました。

あと今日の昼のテレビのニュースで僕の来場が報じられていました。
あとテレビの取材が3本、雑誌の取材も4・5本ぐらい受けており
もう大変でした。
まぁもっと伝えたいことがあるのですが、それは後ほどに。
詳しい観戦レポートは2月後半か3月ごろに某雑誌に掲載とのことになっています。

今日はこのへんで。    
 



おつかれさまです 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 6日(水)18時31分37秒  返信・引用  

ウルグアイ競馬界でも一段とお名前が浸透したんじゃないでしょうか。
この際ですからもっともっと売り込んでおきましょう。

そちらにも日系社会があるのですね。クアトロピエドラスのサイトにも
それらしきお名前が乗ってました。広告関係の業者さんか何か。

明日(今日)のレースが終われば、堅苦しい場からもおさらばで、
お得意の調査作業に移りますね。
体調管理にお気をつけてお過ごしください。    
 



行ってきました 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 6日(水)07時56分5秒  返信・引用  

クアトロピエドラスに行ってきました。
ホテルに戻り5時間ほど休憩してました。
ぼちぼちレセプションに出発です。
今日はタイトなスケジュールです。
朝からマローニャスに行って、マローニャスのお偉いさん方に挨拶。
インバソールの調教師さんや諸々の騎手さんたちと挨拶&記念撮影。
あとマスコミ2社からの取材は内容が難しいく汗だくだくものでした。
そのあとマローニャスが用意してくださった日系の通訳の方がいらっしゃって
諸々とウルグアイの社会事情や日系社会、一般的な競馬の人気などについて聞きました。
まぁとにかく行くところ行くところで酒を飲まされ、朝からフラフラです。
その後クアトロピエドラスに移動。そこでも豪華な食事会で、通訳の方も
こんな上流階級の社交場にくるのは初めてだとおっしゃっていました。
アサードの肉も最高級だということで、とてもおいしかったですが、
食べ切れません。夜のために無理はしませんでした。
まぁ緊張しましたよ、参加者がお偉いさんばかりで。
他のジャーナリストの方もいたのでまだましだったかな。
牧場のほうですが、歴史は浅いがウルグアイで一番近代的で勢いがある牧場だとのことで、
設備のすばらしかったです。Real Quiet のために特別な厩舎を建設したそうで、
いまその厩舎には Dr.Greenfieldら3頭の種牡馬が入っています。
今年もReal Quiet を呼ぶそうです。僕にはオーナーの奥様がついて丁寧に説明してくれました。
彼女は元々建築家で厩舎や調教施設の設計も彼女っています。とても気さくで素敵な女性でした。
で、まぁみなさん僕のウルグアイ競馬史の知識には驚いていました。現地の関係者よりも
歴史に詳しいです(笑)ロマンティコの裏話なども聞いてきましたが、それは後日に。    
 



零れ話どうも 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 5日(火)20時03分5秒  返信・引用  

やはり Lucky Boy さんが適任だったですね!

レーシング・ポストの記者さんの名前は存じませんでしたが、
サイト内で競馬コラム的なブログをやってる人のことでしょうね。
直近のエントリで有馬記念を取り上げてました。

調べたら四石牧場ってモンテビデオにあるんですね。ちょい驚きました。
個人的に期待している種牡馬 Dr.Greenfield がおりますようで。
ラインナップ見ると、Real Quiet がダントツのネームバリューですが。    
 


こんな感じ 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 5日(火)10時09分41秒  返信・引用  

すでに寝不足で疲れています。
サマータイムなので時間の感覚が麻痺しており、
ルイス氏の仕事場で夜中の3時まで調査、競馬談義などをしていました。
今日はルイス氏とレーシングポストのニコラス氏と3人で夕食へ。
できない英語を駆使して無理やりに話に参加していた感じです。
ホテルに戻るとマローニャスから郵便物が。開けてみると、ラミレスのレープロに、
明日のレセプションの招待状と明後日のラミレス大賞の招待状が入っていました。
明日は午前中に競馬場に行って出走馬の検分、昼はアラス・クアトロビエドラスで
ランチの招待を受けております。知人のサンパウロ生産者協会の理事さんも
招待されているとのことで、会うのが楽しみだとメールが入っていました。
諸々と招待やら各国の知人とあうとやらでなんだか緊張しています。
で夕食はモンテヴィデオ・ゴルフ・カントリーでレセプションパーティーです。
カジュアル服でよいとのことですが、ジーパンしか持ってきていないので
仕様がないからスーツを着ていきます。厚いからレース当日だけ着ようと
思っていたのですが。。。
ただ楽しみなのはファレーロを紹介してくれるとのことなので
記念に2ショット写真を撮ってきます!

ではでは    
 



お疲れ様です 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 3日(日)21時19分39秒  返信・引用  

早速の現地レポートありがとうございます。
何やら色々と楽しみな展開になりそうですね。

ひとまず、豪華ホテルにてごゆっくりおくつろぎください。
こういうスタイルの南米滞在は今まで無かったでしょうしね。ご堪能を!    
 



現地からです 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 3日(日)20時18分53秒  返信・引用  

26時間のフライト、疲れました。。
成田、ダラス、マイアミ、モンテビデオと飛んできました。
夏です、暑いです、でも同じ時期のブエノスよりは全然心地よい。

ルイス氏に空港まで迎えにきてもらい、ホテルにチェックインしたあと、
早速ルイス氏の仕事場へ。
ウルグアイ唯一の競馬史研究家とあって、すばらしい蔵書の数々です。
古い南米の競馬雑誌がそろっていて感動もの。
あと1981年から1997年までの全地方競馬を含む成績をコピーしてくれておいて頂き感謝です。
これで調査の手間が省けてしまいました(量がすごいので帰国の荷物が心配ですが。。。
あとウルグアイ競馬史サイトですが、公開は3月に延期です。
しかし実はすでに一部がネット上にアップされています。
アドレスを見るマローニャスの公式サイトの一部になるのだと思います。
かなりすごい内容ですよ。お宝写真が満載です。
ちなみにグランプレミオの成績一覧や統計などは僕の作った資料が
そのままダウンロードされる形になっています。。。いいのかな。
とうよりは、こちらの雑誌に僕の資料がそのまま使われていたりします。
マローニャスの公式資料より詳しかったりです。
競馬史サイトのアドレスを忘れたので、改めて報告します。

とりあえず日曜で何もすることはなく、それにラミレスが終わるまでは図書館調査も
ゆっくりできないので、ちょっとボケーっとしています。
ホテルの前が海という最高のシュチエーションなので。
今日もルイス氏の仕事場に行って資料でも探ってきます。

また報告します。では。  
 



いってらっしゃいませ 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 2日(土)07時57分10秒  返信・引用  

お気をつけて。
箱根は見届けておきます(笑)
作業がサッパリ進んでおりませぬが・・・。    
 



新年 投稿者:Lucky Boy  投稿日:2010年 1月 1日(金)09時24分22秒  返信・引用  

新年もよろしくお願い致します。
機会があれば現地から報告します。
では。    
 



あけましておめでとうございます 投稿者:ふてき  投稿日:2010年 1月 1日(金)01時01分41秒  返信・引用  

旧年中は大変お世話になりました。あらためまして御礼申し上げます。
本年も引き続き宜しくお願いいたします。

頂いた訂正&追加情報を更新しておきました。
ここ暫くチェック作業も滞ってましたが、今年は暇をみて進めていきたいと
考えております。

Lucky Boy さんは本日のご出発ですね。お気をつけて、良い旅を。 
http://homepage1.nifty.com/futeki/ayumi.htm